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Thought of the Day

本業はSE、趣味は万年筆集め、模型作り、ギター改造なおっさんのブログです。

2011/3/11〜(2)

震災関連

3/14の朝、妙に騒がしいなと玄関を開けた私の目に入ってきたのは、人の波でした。

東武線が竹ノ塚から浅草までしか動いておらず、越谷や草加方面から人が集まってきていたんですね。竹ノ塚駅は人が多すぎてホームはおろか、駅ビルの中にすら入れない状況でした。バスを待つ人の列も今まで見たことがないくらいの長さでした。

# バスに乗るのに90分くらいかかりました。

結局、北千住までバスで行って、それから常磐線で池袋にある会社に向かいました。道路も大渋滞でサラリーマンらしい集団が降りて歩き始めたほど。バスが北千住に着くまでに、三時間近くかかりました。電車なら10分で着くんですけどね。

北千住に着いてからはスムーズに池袋まで行けました。JRは自前で発電所を持っているとかで、私鉄はいつ何が起きるかわからないため、本数を減らしたり、区間を短めにしたり、運休にしていたようです。

その翌日から自転車通勤に切り替えました。五ヶ月ほど続いた自転車通勤で印象的だったのは、ガソリンスタンドに並ぶ車の列と、開店前のスーパー前の人だかりでしたね。

どんなニュースが流れたのか、遠方の知人がミネラルウォーターや食べ物などを大量に送ってくれました。正直な話、生活にはまったく困っておらず、東京に送るなら被災地に・・・と思ったことがその後の行動のきっかけになったように思えます。

自転車通勤中で一番衝撃的だったことといえば、計画停電です。

ある日、家にいてテレビを見ていたら、突然テレビも電気も消えて、ノートパソコンもバッテリー駆動に切り替わりました。当然、ネットも使えなくなり、仕事はできない状態に。そのときは用意しておいたロウソクの火で寒さに震えながら書類を読みました。

停電するということは、信号も自販機もすべて使えなくなります。午前中に停電しているときは交通整理をする人がいない交差点で立ち往生している年配の方を見つけて助けたこともありました。歩行者に気を遣うドライバーはあまりいませんでしたね。

夜の停電はもっと危険です。荒川を渡って足立区に入ろうとしたとき、目の前が一面の闇だった光景を私は未だに忘れることができません。

広い道路を避けて住宅街に入ると、自転車のライトを点けても道がどこにあるのかうっすらとわかる程度で、無灯火の自転車や歩行者は赤外線センサーでもなければ判別できず、とても危険でした。

ノロノロと走っているうちに、自販機に明かりが点ったときの安堵感は、お腹を下している時に駅でトイレを見つけた時の安堵感より上でした。

後に、東電の社員の方と話す機会があったとき、計画停電の話をしたら、電力の安定供給は最低限守らなければいけないのに、それができなかったことは悔しく申し訳ないと泣きそうになりながら私に謝罪していました。

私としては、電気がない状態を実際に経験できたことは、大きかったとプラスにとらえています。想像することと、実際に経験することの差の大きさを感じられましたから。

被災地のために何かできないだろうか、どうすれば現地に行って意味があることができるだろうか、と時間が過ぎれば過ぎるほど、被災地からの情報が増えれば増えるほど、考えこむようになっていました。

チャンスはすぐにやってきました。

2012年3月の終わりにチャリティーライブに出演したことで、現地に行く話をいただいたのです。次回はそのチャリティーライブの話から始めます。