Thought of the Day

本業はSE、趣味は万年筆集め、模型作り、ギター改造なおっさんのブログです。

「夕凪の街 桜の国」を読んで(1)

こうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」を読みました。「夕凪の街」は原爆投下後の広島が舞台で、「桜の国」は広島と東京が舞台になっています。

 

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

 

映画化されたり、いろいろ賞を受賞していたり、いろいろなところで絶賛されているようですが、まったく知りませんでした。私がこの作品に興味を持ったのはまったくの偶然です。

 

作者のこうの史代さんは広島で生まれ育ったものの、ヒロシマとは縁がなく、担当者の提案がきっかけで「夕凪の街 桜の国」を描いたそうです。扱うものの重さを考えると、よく引き受けたものだと思います。

 

ここからは盛大にネタバレします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕凪の街」は原爆投下から10年が過ぎた広島が舞台です。主人公の皆実は原爆投下で父と妹を、姉を原爆症で失い、助かった母と原爆スラムで暮らしながら、疎開して被曝を免れた弟(広島に戻ることを拒んで親戚の養子になってます)に会いにいくことを夢見て倹約生活を送っています。

 

表紙で靴を脱いでいるのは、靴が減るのがもったいないからです。表紙の絵は皆実が原爆症を発症していなかったら・・・という想像の世界の中のそのまた想像の絵だそうです。

 

左腕とこめかみの火傷の跡がコンプレックスで、職場の仲間と服を作っても自分の分は作りません。お互いに好意を持っている同僚に対しても素直になれません。

 

皆実は独白します。

 

「ぜんたい この街の人は 不自然だ

 

誰もあの事を言わない いまだにわけが わからないのだ

わかっているのは「死ねばいい」と 誰かに思われたということ

思われたのに生き延びているということ

 

そしていちばん怖いのは あれ以来

本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに

自分で時々 気付いてしまうことだ

 

そっちではない

お前の住む世界は そっちではない と誰かが言っている」

 

「死体を平気でまたいで歩くようになっていた

時々踏んづけて灼けた皮膚がむけて滑った

地面が熱かった靴底が溶けてへばりついた

わたしは 

腐ってないおばさんを冷静に選んで 下駄を盗んで履く人間になっていた

 

あの橋を通ったのは八日のことだ

お父さんも見つからない妹の翠ちゃんも見つからない

鼻がへんになりそうだ

川にぎっしり浮いた死体に霞姉ちゃんと瓦礫を投げつけた

なんども投げつけた・・・」

 

日常が壊され、10年の月日がまた新たな日常を作り出されます。拭えない記憶が新たな日常への違和感を、苦悩を生み出し、「忘れてしまえばすむことだ」という思いもまた苦悩を生み出します。

 

皆実は「忘れないこと」を選び、思いを寄せてくれた打越にすべてを告白します。そして、打越はそれを受け入れて

 

「生きとってくれてありがとうな」

 

と言います。握り合う手の美しさ、優しさが心に沁みます。

 

そして、原爆症が発症します。

 

全体的に、さりげない描写が上手いです。打越が好きな人に渡すものを選ぶのを手伝ってほしいと皆実に伝えて、ふてくされながら皆実がハンカチを選んだら、打越がさりげなくそれをプレゼントする場面や、床に臥せった皆実を打越が見舞った後、「月がとっても青いから」の3番を口ずさむ場面など、上手いな〜と感心することが多かったです。

 

倒れた後、皆実は歩けなくなり、食事ができなくなり、黒い血を吐血した後、ついには失明をします。会社の同僚が見舞いに来る場面は何気なく重要なので注意したほうがいいです。

 

ここから真っ白なコマが続きます。そして最後に独白します。

 

「嬉しい?

 

十年経ったけど

原爆を落とした人はわたしを見て

『やった! またひとり殺せた』

とちゃんと思うてくれとる?

 

ひどいなあ

てっきりわたしは

死なずにすんだ人

かと思ってたのに」

 

この場面はまだ正直、理解できかねています。ショッキングな描写どころか、真っ白なコマの中のこの独白の、いかに壮絶なことか。トーンを使わない絵柄や淡々と日常を描いてきた流れがあるだけに、衝撃は強いです。

 

水戸に疎開した弟が訪れたことを母が告げる場面、原爆スラムを舞う原水爆禁止世界大会のビラ、川辺に座る打越、プレゼントされたハンカチを力なく握りしめる皆実の手、そして誰のものかわからない独白で「夕凪の街」は終わります。

 

「このお話は

まだ終わりません

 

何度夕凪が

終わっても

終わっていません」

 

ここまで読んで救いのなさにどんよりした気分になりましたが、物語は続編の「桜の国」に続いていきます。

 

私が一番気に入ったのは、単なる反戦漫画や戦争漫画ではないことです。当事者ではない人間が二次資料を勉強し、そこから想像して、よくぞここまでの作品を作り上げたものだと思います。

 

私の父は東京大空襲の生き残りました。なかなか当時のことは話してくれません。自分は父の子であるだけで、実際に体験して、苦労をした人たちとの間には埋められないものがあります。それは東北の被災地に行ったときにも痛感しました。生き延びたことで苦悩している人たちは実際にいらっしゃいました。

 

私とほぼ同世代の作者がこれほどの作品を創りだしたことは励みになります。

 

長くなったので続きはまた今度書きます。