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Thought of the Day

本業はSE、趣味は万年筆集め、模型作り、ギター改造なおっさんのブログです。

IT業界悲史(2)

暇すぎるのもまた困るものです。

 

私はある大学を卒業式の一週間前に卒論と退学届を同時に出すというアホなことをして中退して、それから他の大学に入り直しました。最初に入った大学は寿司屋を継がされるのが嫌で仕方なく受験しただけで、やる気がなかったわけです。二度目に入った大学では文化人類学などを勉強しました。祖父江孝男先生の授業を受けたい一心で転入して、いざ授業を受けようとしたら違う先生になっていてガッカリした記憶があります。その先生がこれまた酷い人間でさらにガッカリ・・・した話は書かないでおきます。

 

二度目に入った大学では働きながら勉強している状態で、いつのまにかホームページを作るようになってました。祖父江先生がいなくなって火病患者みたいな輩の授業を受けるのが苦痛に思っていた私は気づきました。

 

十分稼いでいるんだから、別に大学行く必要ないじゃん!と。

 

※大卒の肩書は大事です。

 

そして、PCの仕事をするならプログラミングもできたほうがいいだろうと考えて、知人の紹介である会社の正社員になりました。

 

最初はアセンブラやCで簡単な作業をしたり、企業のWebサイトを作ったりして、予想していたより楽な仕事だと思っていたら・・・経験5年の技術者として某巨大プロジェクトに送り込まれました。

 

「経験者じゃないってバレたら解雇な」

 

と言われて。(笑) 同期も同じことを言われて某有名プロジェクトに送り込まれました。

 

今から考えれば良い経験ができたと思います。MicrosoftのVisual Studioを自腹で買って寝ないで勉強したり、5日間完徹させられたり、緊張感あふれる環境に身を置いたことで技術者としてはかなり鍛えられました。当時はGoogleなんてなかったことも良かったです。他人のソースをコピペしてもスキルは身につきませんからね。

 

そのプロジェクトで何年か過ごして、周りが心の病でバタバタと倒れ?る中、新たな指令が・・・って、その前に心の病の話を少し。

 

その現場では徹夜が普通で、モニターの前にユンケルが置かれたら問答無用で徹夜作業になりました。最高で14本並んだことがあります。

 

ある日、寝袋に入って仮眠を取っていたら、遠くの方から勢い良く引き出しが開けられて荒々しく閉じられる音が聞こえてきました。うるせぇな〜と内心苛つきながら無理やり眠ろうとしたとき、気づきました。

 

 

音が近づいてきている!

 

 

自分の近くにその人が来たときは必死で寝ているふりをしました。その人はブツブツと何かつぶやきながら、フロアにあるすべての机の引き出しを開けては閉めるという行為を一晩中繰り返して、翌日からプロジェクトから消えていました。

 

その他、某社のマスコットのぬいぐるみを一晩中毒づきながらボールペンでめった刺しにする人など、心を病んでしまう人はたくさんいました。彼らは今、何をしているのやら。

 

話を元に戻します。

 

ある日、同期で入社した奴が倒れたという話が入ってきました。某銀行の仕事をしていましたよね?と上司に言うと・・・

 

「手伝ってほしいんだ」

 

と。どういう意味だろう?と不思議に思いつつ、自社に戻るとホワイトボードに体制表が書かれていました。昼勤(朝から夜まで)と夜勤(夜から朝まで)に分けられた表の夜勤の部分には・・・私の名前しかありません。さすがにそれはキツいでしょ!と訴える私に社長は

 

「寝なきゃいいじゃん」

 

とあっさりと。(笑) 結局、朝から夜までは三鷹の現場で、夜から朝まで神田で働くことになりました。正社員なのに残業代は出ず、手取りは15万円でした。

 

その某銀行の仕事もなかなか過酷でした。OS/2というIBMとMicrosoftが開発したOSで動くシステムをWindowsに移植するというもので、与えられたのはOS/2の端末のみ。ドキュメントは一切ありません。私は確かデータをフロッピーに書き出す機能などを開発したような。

 

それからまもなくその銀行は合併してなくなり、そのシステムがどうなったのかはわかりません。

 

私は二重生活を終えた後、前任者が夜逃げしたプロジェクトに入り、炎上したプロジェクトの火消し役を任せられるのが定番になっていきます。その話はまたそのうち。