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Thought of the Day

本業はSE、趣味は万年筆集め、模型作り、ギター改造なおっさんのブログです。

音楽遍歴を振り返る

今回は自分の音楽遍歴?なんぞを振り返ってみます。「◯◯さんは〜な人」みたいな思い込みに辟易することが増えてきましたので。(笑)

 

うちは父が音楽好きで、物心ついた頃からラテンや映画音楽、50年代以降のポップスやロックンロール、ジャズ、モータウン系を聴かされて育ってきました。邦楽は一切なし。

 

小学校に入って間もなく、姉が入っていた合唱団に無理やり入団させられました。私は何かを強いられることが非常に苦手というか嫌で「〜しなさい」と上から押しつけられると反抗したくなります。姉と比較されるのも嫌でしたし、ハーモニー重視で情感が感じられない合唱のスタイルも嫌で、指揮者から「君には音楽の才能はないからやめたほうがいい」と言われたことがきっかけで合唱団は辞めました。

 

それからはサッカーに明け暮れて、再び音楽に接したのは小学五年?の頃の鼓笛隊。飽きもせずスネアを叩く練習をしていました。合唱団と違ってこれは良い思い出になってます。

 

◇◆◇

 

ギターを始めたのは中学に入ってすぐ、良いな〜と思った女の子がピアノが上手で、自分も楽器をやれば共通の話題ができると思っていたところに父の知り合いが家にギターを置いていき、そのギターを倒してネックを折ったことがきっかけで父の知り合いの方からギターを教わることになりました。・・・演歌を。

 

いわゆる古賀メロディーを、原曲を知らないまま覚えていったものの、演歌じゃ会話ができん!と焦った私はクラシックのレッスンを受け始めました。ちょうど、クラシック音楽にハマり始めたことも影響してました。このときに自分の演奏スタイルが良くも悪くも決まった気がします。

 

ちなみに中学時代はStevie WonderSimon & Garfunkelを好んで聴いていて、周りはBOØWYにハマってました。あの頃はベストヒットUSAが貴重な情報源でした。

 

高校に入るとエレキを手に取り、聴く音楽はJimi Hendrix、The Doors、Thin Lizzy、KISS、Led ZeppelinThe Rolling Stonesに変わり、バンドでのライブを初めてやりました。やったのは聖飢魔IIのコピーでした。

 

この頃、音楽の授業で初めて人前でScarborough Fairを披露したら音楽の先生から激賞された(バンドの前の話)ことをよく覚えています。あの先生は私にとっては恩人です。(合唱団で才能がないと言われたことを引きずってましたから)

 

その後、LAメタルブームに巻き込まれつつ、何故かLittle FeatRy Cooder、The Allman Brothers Bandにハマり、スライド・ギターの練習ばかりしていました。

 

※Guns N' Rosesがデビューしたのはこの頃でしたね。

※ギターの改造を始めたのもこの頃でリペアマンになりたいと思っていました。

 

◇◆◇

 

大学入学後、ギターアンサンブルに入った私は編曲にハマり、MTRエフェクターの使い方を覚えて、ベースやドラムも演奏するようになりました。ピアノは挫折しました。

 

ギターアンサンブルは元々はナイロン弦のアコースティックギターやアルトギター、バリトンギターだけで合奏していたようですが、部員の減少でキーボード、ベース、ドラム、エレキギターなどを入れるようになりました。そのことがかえって音楽性の幅を広めて、私にとっては魅力的でした。

 

当時はYAMAHAのAPXの一番高いモデルを買ったり、ラックマウントのエフェクターを揃えたり、今以上に散財してました。バスドラムの音やベースの音と、ギターの音の聴覚で感じるまでの時間差を考えて演奏することを覚えたり、英文科の勉強はまったくせずに音楽の勉強ばかりしていました。

 

ギターアンサンブルでは毎年、500人くらい入るホールで演奏会をしていて、曲を選んだり、編曲を考えたり、練習方法を考えたり、部員を指導したり、ホール側と打ち合わせをしたり、スポンサーを探したり、パンフレットを制作したり・・・と今から考えれば貴重な経験をたくさんすることができました。喫茶店などでギターソロを弾いたりもしました。アンプラグドブームのおかげでアコギだけでライブをやる機会も増えてました。

 

良い時代でした。

 

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紆余曲折を経て二度目の大学生活を送りながらWebデザインで生計を立て始めた私はプログラマーになることを決めて音楽からは足を洗いました。ギターも初めて買ったナイロン弦のギター、父に買ってもらったセミアコ、初めて自腹で買ったKramer以外は全部売り払い、10年くらい音楽とは無縁の生活を送りました。一人前の技術者になるまでは趣味は捨てようと考えた・・・というか、趣味に費やす時間などありませんでした。

 

聴くほうはやめず、山崎まさよし斉藤和義と私にしては珍しく邦楽を聴き始めていました。

 

30代半ばに余裕ができて、ヤフオクを見てギターの安さに驚き、気がつけば部屋はギターだらけになってました。(笑) K.Yairiのオーダー品やらダブルネックやら、10年の空白を埋めるがごとく。

 

演奏のほうはリハビリ代わりにいろんなバンドやユニットにギターやベースで参加をして、社会人バンドの難しさを痛感しました。バンドは面倒だな・・・と思っていたときにmixiSimon & Garfunkelコミュのオフ会に参加をして、弾き語りなら気楽でいいやと思ったのが5年くらい前の話。

 

その後、セッションイベントに参加したり、フォーク酒場に通うようになり、やっぱり邦楽を覚えなきゃダメか?と思って聴き始めたのが何故か岡林信康。この他、高石ともや高田渡など、「なんでそっち行くの?」と思われるようなルートで邦楽の海を泳いでいくことになります。かぐや姫とか吉田拓郎は未だに聴いたことがありません。(ぇ

 

カントリー界の大御所、トミ藤山さんと知り合って、いろいろ貴重な経験をさせていただいたこともここ数年では大きな出来事ですね。ライブでベースを弾いたときに感じた客席からのプレッシャーは忘れることはないでしょう。

 

◇◆◇

 

今後は、弾き語りというスタイルにはこだわらず(元々好きではない)、バンドでいろんなこをとやってみたいですね。The L.A. FourとかギタリストのほうのLes Paulさんがやっていたような音楽とか。

 

こういうのとか最近好きです。

 


Les Paul - Sleepwalk - YouTube